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Posted by ミリタリーブログ  at 

2010年09月06日

寝苦しい夜に読書w




ハイ!あふりかです。
コオロギの鳴き声が聞きたいですw

さて、寝苦しい夜が続いておりまして
ジックリ秋の読書なんて雰囲気には
ほど遠いんですが、本読まないと
眠れない性分なので季節にかかわらず
読書は欠かせません。


結構同じ本を何度も繰り返し読む性質ですんで
いつのまにやら本がボロボロになっていきます。
記録も兼ねて残しておきます。

何度かミリブロでも触れてますので
ご存知の方もおられるやもしれませんが、
あふりかは佐々淳行氏のファンです。
「あさま山荘事件」実質指揮官であり、
初代内閣安全保障室長を務めた
佐々氏には数多くの著書があります。

佐々氏著作との出会いは、
最近ニュースになったノンバンクにいた頃、
(12年ほど前)同僚から借りた「東大落城」でした。


当時は深夜にまで及ぶ残業、
社内で言うところの「弾出し」(翌日の
融資予定の稟議書製作や新規案件予定提出)
で睡眠時間が短い時期でしたが新刊を
一気に読んでしまった記憶があります。

時代は1969年、中国の文化大革命、
ベトナム戦争の余波を受け当時の日本は
「赤色革命成るか?」と錯覚する程に
学生運動が盛んな時期でした。
平和(?)な現在の日本からは想像も
及ばないような、激しい衝突が警察、
学生の間で繰り広げられていた時代。
全国の大学で学生によるバリケード封鎖が
行われ、警察はその対処に追われる日々でした。
「東大安田講堂事件」はそのクライマックスとして
知られる大事件です。佐々氏は警視庁警備局
警備第一課長として、この難事件にあたった
警察実働部隊指揮官でした。
あふりかは当時1歳。この事件は全く記憶に
ありませんw。

旧ソビエト崩壊後、日本では当時の
社会党が自民党と連立組んだり、
ひっついたり離れたりで、
「日本の社会主義、共産主義ってナンだったの?」
って疑問を持ち、色々と関係書を読んでいた時期でした。
佐々氏の事はよく知りませんでしたが「東大落城」は
その辺が非常に判りやすく(警察側視点ですが)記されており
大変に参考となりました。また、佐々氏個人についても
興味を持ち以来、佐々氏著作を読むようになります。

佐々氏は「フォーンブロアー物語」
(ナポレオン戦争時の英国海軍士官が
提督に上り詰めるまでの物語)の自身版を
書き上げようとしていたので刊行順は異なりますが
著作を集めて行くと、佐々氏の歴史が判ります。

「東大落城」は「警察戦国時代」と呼ばれた
1960~1970年代を記した連作の中間期に当たり
学生達によってバリケード封鎖された東大安田講堂を、
警察、学生双方に1名の死者も出さずに解決された事件です。
佐々氏はこれ以降も警備実行において警察、容疑者側双方に
死者を出さない事に誇りを持っていましたが、その後発生する
「あさま山荘事件」において、民間人1名、警察2名の犠牲者が
出てしまい度々著書でも触れられているように「十字架」として
背負い続けているそうです。

佐々氏著「浅間山荘事件」が映画化された際、
当時の小泉総理が特別試写会に訪れ、
試写会終了後、総理の目に涙が光るのを見た佐々氏は、
「殉職した高見、内田の為に涙を流して頂いて
感激いたしました。歴代総理は警察殉職者
慰霊祭には弔辞代読のみで参列頂いておりません。
次回慰霊祭には是非お越し頂きますよう
お願い致します」と具申、以降小泉総理は
退任されるまで警察、自衛隊殉職者慰霊祭に
参列されたそうです。ちなみに故後藤田正晴氏は、
「昭和の重大事件」として1位に「あさま山荘事件」を
上げており、自身が警察庁長官としてあたった
この事件において2名の殉職者を出した事を
亡くなられるまで悔いていたそうです。

佐々氏は「東大安田講堂事件」以前に外務省出向で
香港領事館領事を務めており、日本ではあまり知られていない
「マカオ暴動」「香港暴動」(中国の文化大革命に影響を受けた
赤色暴動)を現地で目の当たりにし、英国警察、英国軍の
暴動鎮圧方法を学び、警察側受傷者を減らす為に、
催涙ガス弾の積極使用を警視庁に具申し、帰国後、
自身が具申した方針の実施者となります。
なぜか事件の渦中に身を置くことが多く、ベトナム戦争時の
テト攻勢の際は香港から帰国前の休暇でベトナムを訪れており、
現地大使館員と共に日本大使館に籠城するハメになります。
「弾の下をかいくぐった経験」の乏しい警察官僚の中で
希有な存在となります。ちなみに佐々氏は
9.11同時多発テロの際は、石原都知事と共に
米国に滞在(ブッシュ政権と小泉政権の橋渡しの為、
旧知のブッシュブレーンを招待した私費パーティを
催した翌日の出来事)。「嵐を呼ぶ男」と呼ばれる
由縁です。


佐々氏はまだ敗戦の傷痕が癒えない東京の、
目黒警察署で警察官僚としてのキャリアをスタートさせます。
東大法学部を卒業後、警察三級試験に
3600人中2位で合格。東京中野の警察学校を
卒業後、目黒警察署に警部補として任官します。

佐々氏は、戦国武将 織田信長の家臣
佐々成政の子孫にあたり、お祖父さんは
西南戦争で西郷隆盛側に立った佐々友房、
父親は戦時中「反戦派」として知られ、
時の政府、官憲にマークされ九州帝国大学教授の
地位を追われますが戦後は一転リベラルの旗手
として参議院議員を務めた佐々弘雄氏。

名家出身のインテリお坊ちゃまに思われがちですが
佐々氏は父親が職を追われた浪人中に誕生し
家族の生活は慎ましやかなものだったそうですし、
高校生の時に弘雄氏が病死、育英会資金で
成蹊高校、東大を卒業した苦労人です。

戦中戦後の食糧難を経験し、一家の主を
無くし困窮した事からか佐々氏著作には
「食事」「食べ物」の話題が随所に見られます。また
「メモ魔」であった事から店舗名や価格等を詳細に
記録しており、当時ラーメン(中華そば)が
幾らであったとか、初月給で家族に肉まんを買った
など細かな描写が多くみられます。当時の世相や
物価を知る資料的な価値もあります。
佐々氏著作は、大凡インテリが書く凡庸な
論文調の文章とは異なり、読んでいて非常に面白い、
読者を意識した内容、言葉使いで作品に引き込まれていきます。

「目黒警察物語」は戦後間もない東京の風景を、
新任警部補として奮闘する佐々氏の目を通じて
描かれた秀作です。故伊丹十三監督によって
映画化の企画がされましたが、終戦間もない
東京の再現が予算的に叶わずに見送られたそうです。


「警察戦国時代」が過ぎ、日本国内の
治安が回復し、経済復興と発展を成し遂げた
70年代後半から、警察内では佐々氏の様な
「トラブルシューター」が疎んじられ始めます。
危機に強い「実戦指揮官」よりも平時の「官僚」が
組織内で幅を利かせていきます。佐々氏は
防衛省出向を言い渡され警察を去りますが、
防衛省でも池子弾薬庫跡地問題、
三宅島夜間発着訓練問題などで、米政府、
米軍との交渉に活躍します。また政府委員として
国会予算委員会で、「図らずも」防衛庁長官と
なってしまった国会議員に代わり答弁を300回近く
こなし、野党から「オマエ、今すぐ長官になれ」と
ヤジられるなど、内外に存在を知られるようになります。
国民の期待の割にはガッカリな人物だった
加☆ 紘☆氏が防衛庁長官時、佐々氏は
防衛施設庁長官(当時は大蔵省出向、防衛庁プロパー、
警察庁出向者から防衛事務次官ポストが争われ、
防衛庁事務次官レースに敗れた方のポストだったそうです)。
内輪贔屓のトンデモ人事の果て佐々氏は警察庁同様、
防衛省からも去る事となります。

浪人として外部から治安、国防改革を目指した佐々氏を
政府中枢に連れ戻したのが当時中曽根内閣官房長官であった
故後藤田正晴氏。後藤田氏は警察庁出身の佐々氏の16年
先輩となり、あさま山荘事件時の警察庁長官。
警察時代から重要な調査、事件に佐々氏を登用しており、
自身が決断した内閣直下機構「内閣5室」創設に
なみなみならぬ意欲を燃やしていたので民間に下った
佐々氏を役人として再登用すると言う異例の措置を執ります。

後藤田、佐々ラインが対処した「日本の危機」は
枚挙に暇が無く、現在の佐々氏はもっと評価が高くても
良いのにと不思議でなりません。


今年80歳となる佐々氏。
自身の経験を多くの後輩に伝えようと
マニュアルや心得的な著作を数多く記しています。
佐々氏は自身を危機に強い実戦指揮官タイプと
捉えていますが、英語力に長け、国際感覚豊か、
内外の重要人物に多くの知己があり、交渉力抜群、
平時の官吏としても超一流です。

佐々氏のように私利私欲、省利省益にとらわない、
国益重視、護民官精神溢れるの人物が日本の
中枢に居ない事が嘆かわしい現在です。




「温故知新」の言葉があるように
古いモノを研究すると新しいモノが
見えてくる事もあります。
個人的な興味もありますが、戦争や
武器に関しては現用モノばかりでは無く
過去の事柄や物を知っておく事は役に立ちます。
MagpulのASAPやAFGなんか明らかに
コノ辺からアイディアが得られた物ですし、
商品名やメーカー名なんかにも
「昔の名前で出ています」ってのが多い。

古代の戦史や武器の本を読むようになった切欠は
塩野七生さんの「ローマ人の物語」との出会いです。
「ローマ人の物語」ローマの勃興を描いた大長編で
あふりか、只今購入挫折していますが、購入した中では
「ハンニバル戦記」が非常に面白く感じます。

初の世界帝国を築いたローマ。優れた政治システムや
軍事システムが版図拡大の大きな要因であった訳ですが、
そのローマの心胆を寒からしめたのが
カルタゴのハンニバル・バルカです。
世界中の士官学校で講義される戦史
「カンナエの戦い」は実行された唯一の
完全包囲殲滅戦として有名です。

ハンニバルは第一次ポエニ戦争による敗北から
虎視眈々と対ローマ戦の準備を進め、現在の
スペインからローマへアルプス山脈を越えて
侵攻します。アルプス越え侵攻ルートは現在も
謎とされており多くの歴史家の研究対象となっていますが、
ハンニバルは戦象(戦闘用の象)と軍団を引き連れ
ローマ国内に進入。迎撃したローマ軍を優れた戦術で
悉く撃破していきます。ローマでは泣き止まない子供に
「ハンニバルが来るよ」と言うと、恐怖の余りに泣き止む
なんて事が起こるほど恐れられました。
「特攻野郎Aチーム」の戦略家であるリーダーの名が
「ハンニバル」であるのは歴史に詳しいならニヤっと
するはずです。



現在、何度目かの「幕末物ブーム」を迎えており
改めて関係書籍を読むことが増えました。
以前は維新軍側に興味が有りましたが
何故か現在は幕府軍側に興味の対象が移っています。
諸外国に比べて大幅に近代化が遅れた当時の日本。
明治維新、中でも戊辰戦争は「刀対近代兵器」の
戦いが繰り広げられた珍しい革命戦争です。
当時の軍装は、刀中心から銃器を主装備としたものに
変わりつつあった事もあり、大変興味深いものがあります。

明治維新は薩長土肥を中心とする維新軍の
近代装備に旧幕府軍が圧倒されたと思われがちですが
旧幕府軍側にも相当数の銃器、大砲があり装備の
優劣によって勝敗が決したとは言い切れません。
薩英戦争、馬関戦争と言う、近代国家イギリス、
フランスとの戦いに惨敗した薩摩、長州が、
銃器を中心とした近代兵器と「散兵戦術」を
取り入れたのに対し、旧幕府軍側は戦術、
経験共に旧態然であったのが大きな原因であったようです。
敗走を重ねた旧幕府軍が次第に経験を重ね、
戦術の改革を行い、劣勢ながら函館戦争で一矢報いたのは、
額兵隊を中心とする近代装備部隊を有効に運用する戦術を
身に付けた為です。

歴史の面白いところは、近代化された
明治政府軍が西南戦争では薩摩旧士族の切り込みに
手を焼き、旧幕府側士族多数から編成された、
警視庁抜刀隊を投入し対抗した事です。
銃器の性能が飛躍的に伸びた現代では考えられない
戦いがあった事は興味の尽きない所です。



とくにドイツ軍ファンではありませんが
小林源文先生の影響からドイツものも
読みます。「擲弾兵」は武装SSの有能な指揮官であった
クルト・マイヤー自身の手によるヨーロッパ戦記です。
「パンツァーマイヤー」「韋駄天」の異名を持ち、開戦から
D-Day後のカーンで捕虜となるまで前線に立ち続けた
指揮官としての戦歴もさることながら、捕虜となったのち
軍事裁判を経て家族の元へ帰国するまでの物語が
大変ドラマチックです。

小林源文先生と言えば、戦争劇画の旗手として
国内だけではなく、海外からも高い評価を受けています。
それはストーリーメーカーとしての手腕もさることながら、
正確なデータを元にした緻密な描写力にあると思います。
「武器と爆薬」(遠藤周作「海と毒薬」からのネーミングか?w)
は自分がミリタリーマニアなどと名乗るのが恥ずかしくなるほど
知らないこと、間違って覚えている事が多いのに
気付かされた本です。例えば、このジャンルを
読み始めた13歳から40歳まで、各書籍には
「成形炸薬弾はモンロー効果(ノイマン効果)によって
装甲に穴を穿つ」と記されておりそー信じていましたが
モンロー効果とノイマン効果は似て非なるものであり、
武器としては「ノイマン効果」と記す事が正解であるのは
この本を読むまで全く知りませんでした。
近年刊行される武器本には未だに両効果が混同されている
事実から見ると本書の質の高さは推して知るべしです。

などとあたかもお堅い本が好きなように
書いていますが、実はあふりかマンガも大好きw
最近は「岳(ガク)」読んで涙しましたw

ココカラCMデス!w
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Posted by あふりかくん  at 20:00Comments(0)あふりか道(みち)

2010年09月06日

新入荷!


ハイ!あふりかです。
9月になっても汗ダラダラw

さて、先週予告致しました、
EOTAC Shooting Sports Polo (Style 410)
EOTAC Lightweight Tactical Pant(Style 203)
一部カラー、サイズが揃いませんでしたが本日入荷しました。

合わせてEOTAC新製品到着しております。
EOTAC Shooting Sports T-Shirt(Style 602)

(いおたっく しゅーてぃんぐ すぽーつ てーしゃつ)
シューティングスポーツポロと同じく、
非常に肌触りが良く、通気性、速乾性に
優れたTシャツ。内部表面が極小グリッドと
なっており、グリッド間から衣服内部の熱、
湿気を効率よく排出しますんで、肌触りが
いつまでたってもサーラサラw
単体で着て頂いてもOKですし、秋口からは
コットンシャツのレイヤーとしてもイイと思います。

ココカラCMデス!w
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Posted by あふりかくん  at 12:23Comments(0)アパレル

ミリタリーショップ パラベラム


パラベラムはブラックホークや5.11、PPMなど人気のPMC装備を専門に扱う
ミリタリーショップです。

【営業時間】
(TEL注文、発送、問合せ)

月~金10:00~16:30
土日祝日定休
(インターネット注文365日24h対応)

TEL:043-497-4181
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業販承ります。
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ミリタリーショップ

パラベラム店長でやんす。

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